中井貴一『武田信玄』第32回は大河ドラマ史上最高傑作である。

ときどき大河ドラマを見返すことがある。全ての大河ドラマを見ているわけではないが、およそ半分ぐらいのタイトルはクリアしているはずだ。

NHKに全回分のマスターテープが残されているのは市川染五郎(現・松本幸四郎)主演の1978年『黄金の日日』から。それ以降ならほぼDVDとして発売されている。

日曜が待ち遠しかった大河の時代

家族皆、茶の間でテレビを見ていた時代、それが1980年代で、我が家でも日曜夜8時の大河ドラマを楽しみにしていた。日曜日は8時前に夕食も風呂も済ませて、茶の間で放送が始まるのを待機する。そんなこともよくあった。

大河ドラマはリアルタイムで見るものであり、ビデオデッキがあった当時でも録画する感覚はなかった。サザエさん症候群を慰めるため、日曜の夜、静かなひとときを大河ドラマに求めるのである。

リアルタイムで本放送を見ていた一番古い記憶の大河ドラマは三田佳子主演の1986年『いのち』である。戦国時代や幕末を扱う多くの大河ドラマと異なり、この作品は女医の先駆けである主人公が生きた昭和を舞台としている。

ちょうど小学校3年生だった。小学生でどこまで内容を理解していたかはわからないが、とにかく毎週楽しみに日曜日が来るのを待っていた。

翌年の1987年が渡辺謙主演『独眼竜政宗』、そして1988年中井貴一主演『武田信玄』と続く。

「重心」から感じる俳優の変化


最近『武田信玄』を何年かぶりかで見た。初めて見た小学生の頃のイメージが強く、出演者皆がとてつもなく大人のイメージで捉えていた。

今回、たまたま第40回あたり、信玄が病苦を押して上洛を目指す頃から先に見てしまったこともあり、中井貴一のどっしりとした佇まいから『当時、30代後半ぐらいだったかな』と不思議に思って調べた。

すると撮影時、なんと26歳から27歳だった。前年の渡辺謙も撮影当時27、8歳。演技やメイキャップを超えた、途方もない俳優の凄みが画面から届いてくる。

現在、時代劇で若手俳優が活躍するのを見ていて、2、30年前と決定的に違うと感じるのは、体の重心だ。日本人の体型が欧米化していったため、とくに芸能人ともなれば顔立ちもすっきりして手足がすらりと長く、細身の男性が増えた。程よくふっくらしていたり、がっしりしていたりという、和服の似合うような体型の男子が少なくなったように思う。

さらに、時代の影響もあるのか、当時の俳優たちからは人間の匂いというか生命の拍動が聞こえてくる。日本人がここ数十年で失った感覚に『匂い』があると思うが、人に匂いを感じるという感性を持ち得た最後の世代だったのかもしれない。

10分に及ぶ迫真のシーン

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reference: http://sikon.exblog.jp/10259116/

そんな命を削るように撮影されたであろう『武田信玄』の中でも白眉といえるシーンが第32回にある。いや、大河ドラマはもとより日本のドラマ史上、最高傑作と呼びたくなるほどの真に迫った演技が見える。

前話で武田信玄の嫡男・義信は守り役の飯冨(おぶ)昌虎に、父に対して謀反を起こすように迫る。幼い頃から父母の確執を見て育った義信は信玄の政治に正義がないと感じていた。

実父を他国に追いやったり、同盟関係を結んでいる駿河に攻め込んだり、他国に謀略を繰り広げて正々堂々と戦わない父のやり方に正義感の強すぎた義信は我慢がならなかったのである。

飯冨は義信を諫めようとしたが、最後はすべてを任せてくれと謀反を決断する。川湯温泉で湯治していた信玄を部下10数名と襲ったが、事前に飯冨は信玄の側近であった弟に決起をほのめかしていたため失敗、捕縛される。

(これを義信事件と呼ぶ)

第32回は庭先に引き出された飯冨と信玄とのやりとりが合計10分近く続く。

飯冨昌虎役は理知的な印象の漂う児玉清。武田の家臣の中でも飛び抜けて猛将と怖れられていた飯冨を児玉清が演じることについて配役に違和感を持つ感想もあったようだが、このシーンを見ると児玉清こそ飯冨でなければならなかったとわかる。

信玄と飯冨のシーンは二人の顔のアップが交互に映されるのみで進んでいく。

信玄は飯冨に謀反の動機を尋ねる。

しかし、飯冨は信玄の政治は不正義であり、正義のため立ち上がったとしかいわない。

人払いをさせた信玄は、言葉を一つ一つ置いていくように飯冨を説得する。義信が命令で謀反を起こしたと見抜いているからだ。

「正義、不正義などどうでもよい。」

「詫びよ。」

さらに信玄は、自分の子供を殺しても、お前は殺したくないと本心を打ち明ける。

この瞬間の児玉飯冨の表情がとてつもなく素晴らしい。常に冷静沈着ときに政のためには冷酷に徹するお屋形様が謀反の大罪を起こした家臣の命を助けたいという。

飯冨は思わず感極まって、今にも泣きそうになるものの、この最後の「物語」を完結するためにそこを我慢し、それでも「正義のため」にやったことで「若殿は一切関わりがない」と言い切るのだった。

どんな説得も無意味と悟った中井信玄の引き裂かれるような表情。わずかな目や口の動きだけで、どうにもならないと諦めざるを得ない信玄の苦しみが伝わってくる。そして、とうとう信玄は飯冨に切腹を命ずる。

このシーン、何度も見返すほど、とにかく素晴らしい。二人の顔のアップだけの長いシーンながら、ずっと息を呑みながら画面から目が離せない。本物の命のせめぎ合いをそのままカメラに収めたようである。

まとめ

ぜひこの第32回だけでも見て欲しい。きっと最初からすべて通して見てみたいと思わずにはいられないはずだ。

撮影当時、中井貴一27歳、児玉清54歳、そして義信役を24歳の堤真一が熱演している。

ちなみに、『武田信玄』はNHKからDVD化されている。

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