散乱する詩たち 『ポマト』 他、(2001年-2002年/23歳-24歳)

診療拒絶

きみの筋繊維の一筋ひとすじに ぼくは刺青を流し入れる
ぼくにしかみえない ふふ ぼくだけの無明色
に染まっていくわ
きみは 痛みさえ悦楽って思うでしょう

ふたりに秋がきて 木枯らしの吹きすさぶ夜
とっくに麻酔の切れたきみは 急速にぼくから遠のいてゆく
手頃な鎮痛剤を 人屑立ち舞う 雑踏に求めて

気づくのが遅い 男なんて
ぼくのみえない刺青は
一生 あなたから 消えない

忘れたころに 焦がれ狂うような鋭痛をおぼえたら
きっと受話器をためらいにふるえる手で取りたくなるでしょう

捨てたぼくに 捨てた男が
カウンセリングの申し込み

そのとき ぼくは 恋に敗れた勝者となる
ひとこと あなたに言うわ

「診療拒絶 いたします」

って

死んで焼かれて灰にされて
ぼくの刺青色は
きっと あなたの ミドリの魂と
しぜんに 溶け合うのでしょう

ポマト

たとえば アトムは科学の子だった 僕は化学の子なのです 母親と姉妹はそろって農学部出身のバイオテクノロジー研究者 附加すると 父はポテトでした
ジャガイモは江戸時代に渡来したころ観賞用だったって知っていますか? 地表に見える緑色の葉や茎に咲くあの白い可憐な花 地下茎はあんなにごつごつしたイモなのに
そうそう いちばん末の妹はトマトでした あの夏の酷暑のなか逞しく生き真っ赤なトマトを惚れ惚れするほど身につける

僕は バイオの力で生を賦与されたポマトくん
地下の見えないイモなんて 暗闇のなか子孫存続のための馬鹿で単純な一交尾器官

ある日研究室で白衣を着たお母さんにお願いしました 舞台はここからはじまります

僕  もうポテトという植物だけしか生きる将来のない僕は飽き飽きしました でもポテトを換骨奪胎したり枯死させるつもりもないんです

母、少し考え込んでから

母  なるほどね わかったわ あなたが地表で日光をばくばく浴びて受粉の欲望が芽生えるとき そう トマトの身体にバイオいたしましょう

僕はいらだちを懸命に抑制しながら

僕  ありがとう お母さん 僕はいまやっとわかったよ 僕はずっとトマトになりたいと願っていた 心の底から それこそ 朝になり夕べが下るまで でも  僕がほんとうになりたかったのは ポテトの根っこを補完したまま 地上にトマトとして現出することだったんだ――そう ポマトのように

母はうなづく しかし突如毅然として

母  でもね これだけは心しておきなさい この温室をひとたび出れば ポマトなんてハンパモノ たちまち疎んじられてしまうだけ 馬鹿なポテトたちからも ましてや利巧なトマトたちからも

暗転し、テープに吹き込まれた僕の内声が共鳴する

僕  みんなポテトやトマトのふりをしてるだけ
それに気づいていないのは ポテトたちだけだった
やっぱり僕はトマトに トマトの 気高い狡猾さにあこがれてしまう……

パッと照明がつく

母  (下手に出る感じで)ポテトのままで たまにトマトの実を飾ってあげるんじゃ、だめ? そうよ クリスマスツリーのデコレーションのように
僕  僕はトマトになりたいわけじゃない
トマトの写真を飾りたいわけでもない
――もう ポマトしか それしか残っていないんだ ないんだ
早くトマトたちの あのつややかな そう トマトの果実の表面 僕の無骨な芋肌に すりすり ねんねん してあげないと

……狂いそうだよ 壊れそうだよ

母、思いつめたように宙を見上げながら
アップテンポの音楽がかかり、次第に音量が加速する

母  じつはね あなたはポテトとしてバイオ開発したつもりだったのに いざ育成してみたらポマトだったのよ ごめんなさい いままでだまっていて あなたにはほんと申し訳ないわ でもそのままの ポマトのままのあなたで わたしは しあわせなの
僕  いや僕はポマトとしてのアイデンティティを誇りにしているんです たとえポマトとして認められなくとも トマトにそっぽむかれたとしても
僕はポテトのまま オカマで茹で上げられたい趣味はない

(僕、突然大声で穏やかに叫ぶ)

ポマトのまま トマトとして ポテトの地下茎を支えのまま
トマトと 心臓停止した患者の心電図のハイテンションのように 睦みあいたいのです
その植物肌こそなめらかに――

大根とちくわのロンド

光いっぱいの
公開刑務所の昼下がり
独房の扉が ない
グレーな囚人服を着た男が
頭と顔を 出している
廊下に解き放たれた 俺は
ダッシュして 男の
唇を 奪い
短い首を キリンの抱擁のように
浅黒い 男の首に 絡ませ
上半身を からだで 縛り上げた

天窓から 降りそそぐ ひかりの波
白い世界

ズボンの口に手をかけ
汚え パンツごとズリおろし
右手を にゅるっと 男の 股に 滑り込ませた
肉眼で
ちくわの穴ほどの ヴァギナが
俺は 腰からすべての下半身を
大根ぐらいの太さに凝縮し
そのヴァギナにぶち込む

断続的に やむ からだの震え
心電図の規則的なトーンのように 快感が くぼむ
喉の奥が まるごと性感帯に 膨張した

観客は 白い波
溶け込んで 見えねぇ
透明な目だけ 俺の腰を 後ろから ぶちぬき
下半身 付随に させていく

俺の ペニスを フェラチオしていた 男の口には
無数の蠢く蛆虫が 中華バーガーを 側面から見るように
むわむわ 増殖していた

白散

君其の白き鮎の手で
僕の手首を掴みたるに
白き向かうの世界へと
沈潜の強意で誘しや
抗ひも出来ずに
君に吸ひ連れられて
全ての体内を描き換へられたれば
此幾千里の道程
一打の鉄槌を以て
うち壊したり
首都 焼けて
ビルディングの無く 壮快たり
引き込まれゐる 怖さに
両足をぞ踏む張りて
留らうとするも
君の不可視が力
其の小さき体に
何処より
噴き沸きたるものや
嗚呼 僕は 死ぬ
死に消ゆるとなむ憶えたり
君の白き体内に入る
君は僕を飲み込みて
やさしく
ナプキンで
口唇の端を 拭き清めたり

青い五角形

僕が生まれる前 の あの日
僕には 彼氏が
いた
酔い潰れても抱き支えてくれる
男が いた

前世
ぼくは
男 だった というより みな
前世 が
たとえ 違う生物で あっても
同じ性だと思い込むのは
なぜだろう
種族よりも 性が
僕たちのなかで
支配している のだ

僕は 酔う
シルバー色の 世界の なかで
瞼を閉じて 金色の世界が見えたら それは
濁っているのだ
狂! 狂!
和紙の 古赤茶けるごとく
狂え!

僕は 碁盤の中央で
待っている 線に
足を絡め取られながら
太陽がゆで卵になりながら
も 僕は
畑の大地に立ち
種を撒きつづける
凡人

定のぶた切った ペニス
僕の ヴァキナにめり突いて
うんこが したい
けんけんぱ 片足で
回る踊る
首から吊るされた 僕は
日本人という人間 初めての
雛型

四親等のいとこ
平行四辺形の槍先 僕の
わき腹 刺サレる
元旦の教会で
殉死もできない 僕は
地球の中央アジアに
五角形の青い布を引いて
肥満体のフラミンゴ 宴の余興
回り踊らせる

バタッと斃れ 雛型人形 は 朝日
桂林岩壁の突端から
喉を吐き出して 事切れていた